釘打ち鍵打ち
23 恋する名無しさん :2010/08/04(水) 19:46:51
食欲と性欲って繋がってると思うんだよね 美味いと思ったら飽きるまで食い続ける奴
結果飽きて他にハマり、最近これにハマってるとか言う奴
または新商品に目がない奴 こういう奴はほぼ浮気性です 色々と恋愛観が垣間見れますよ
腹減ったらすぐ食う
不味いと残す
食わず嫌いが多い
高い物ばかり食うorその逆
人のばかり欲しがる
めっちゃハングリー 恋愛観そのものだったりします
特に女子との会話では、共感してるように振舞う。
そこに自分の意見や、問題の解決策、提案やオススメの押し付け、「いや、」で始まる言葉は不要。 え、そんな会話はアホっぽいって?
わかるよ。 ←これ
ここが、いちばん重要なポイントなんだけど、職位が低い間は、「会社からもらっている最大の報酬はスキル」であって、その資産価値に比べれば、「もらっている給料なんて、倍になろうと半分になろうと、誤差」なんですよ。
ひとたび、スキルさえゲットすれば、職位を上げられるし、その会社が出世させてくれなくても、さっさと別の会社に転職して、面白い仕事とおいしい給料をゲットできる。だから、「給料少ないのに、そんなに必死で働いてもしょうがない」ということを言っているバイトちゃんを見るたびに、「こいつら激しく頭悪いな」とよく思う。職位の低い間は、サービス残業というのは、会社にたいしてサービスしちゃう残業というより、自分自身にスキル獲得という大きなサービスをするための残業なのだから、やればやるほど、めちゃくちゃ得なのに。
また、さらに言えば、同じ仕事の質と量なら、会社は、できるだけ安い人間にやらせようとする。だから、時給200円で、ハイクオリティーの仕事をしつづければ、どんどん仕事が、それも良質の、クリエイティブな仕事が回ってくる。で、会社は、そのうちに、こんなにハイクオリティーの仕事をする人間に逃げられるリスクを意識するようになって、正社員に昇格させ、さらに、年収を引き上げ、部下を持たせて。。。となっていくわけだ。そして、それをしないようなら、いただいたスキルを武器に、さっさと転職すればいいだけ。

1 以下、VIPがお送りします 投稿日:2012/05/10(木) 18:08:32.27 ID:vFWZ9fz30
12の徳目
1. 親に孝養をつくしましょう(孝行)
2. 兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
3. 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう(夫婦の和)
4. 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう(朋友の信)
5. 自分の言動をつつしみましょう(謙遜)
6. 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう(博愛)
7. 勉学に励み職業を身につけましょう(修業習学)
8. 知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
9. 人格の向上につとめましょう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
12.正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう(義勇)


18 以下、VIPがお送りします 投稿日:2012/05/10(木) 18:27:07.74 ID:vFWZ9fz30
現代版12の徳目
1. 親に孝養をつくしましょう(孝行)
2. 兄弟・姉妹とは一言も喋らない(絶縁)
3. 夫婦はすぐに離婚する(シングルマザー)
4. 友だちはすぐに裏切る(背信)
5. 自分の言動をつつしまない(高慢)
6. 広く全ての人に愛の手を差し伸べない(ホームレス)
7. 勉学に励んでも職業を身につけられない(無職)
8. 勉強なんかしなくていい(ゆとり教育)
9. 人格より見た目が大事(恋愛至上主義)
10.自分さえ儲けられればいい(私益世務)
11.法律を守らなくても罰せられない(金の力)
12.国とかどうでもいい(個人主義)

言葉で表現することが難しい何かに対して、「これ」という表現を当てはめることができれば、認識は符号化される。問題解決に必要な認識量は、それだけ少なくなる。「言語設計者たちが考えること」という本でインタビューを受けていた、様々なプログラム言語を設計した人たちにも、どこか共通する問題の認識があったような気がする。
ゲームを競う人たちは、一定時間あたりで体内に蓄積できる認識の総量を競う。非凡な手を相手に示せば、相手に蓄積されるであろう認識量は一気に増えるだろうし、定石を学習したり、あるいは認識の符号化といった手順を踏むことで、自身に蓄積される認識量をより少なくすることもできる。こうした発想や工夫といったものが、恐らくはゲーム競技者の勝利確率を向上させるのだと思う。
ゲームは実世界を簡略にしたものではあるけれど、同時にそれは、認識を表現するためのメディアでもある。
実世界はまさしくリアルであるその代わり、表現すべきことは多すぎて、認識を言語化するのは難しく、同じ風景を見ている状況であっても、同じ認識を共有することなどできるわけがない。
ゲーム競技者は、ゲームというメディアを通じたあらゆる認識を抽象化、符号化して蓄積する一方、相手が予期できなかった一手を通じて、ゲーム盤に新しい認識を喚起してみせる。
短篇集の終盤、「ゲームで現実が変えられるなどと本当に思っているのか ?」と問われた棋士は、「王様を取ったら終わりだなんて、あなたはまさか、ゲームをそんなものだと考えているんじゃないでしょうね ?」と返答してみせる。
ゲームの達人は、技量を突き詰めた状況でお互いにぶつかり合う。認識の限界に挑んだその時、あの人達はたしかに、同じ認識を共有できたのだろうと思う。

こんなエピソードがあります。東京カトリック教区の司教団が脱原発声明を出したことです。ある神父が説明してくれたのですが、これは反原発とは距離をとるもので、その際基準になったのは「あなたはそれを誰にでも言えるのか」だったそうです。東電職員にも信者が多数いるということではなく、地域独占的な巨大電力会社に依存し、それゆえに本来ならオフピークのための緊急時調整特約で済むところなのに、病院などでは人命にも危害が及んだ計画停電を容認した自分たちが、原発人災を契機として従来の自らの頬かぶりを棚上げして原発派を敵として名指すのは、反倫理的ではないか、と。

私の盟友である飯田哲也さんも同じ基準を持っている方だと思います。原発を廃止できるかどうかという問題は、単に、東電や経産省や科技庁や御用学者の権益問題でも、マスコミや政府の情報隠蔽問題でもない。原発の不合理が明らかになっても原発をやめることができない我々の関係性という、とことん深い問題に根ざしています。所詮は権益集団に過ぎない「専門家」や、権力集団に過ぎない「イデオロギー党派」を、無防備に信頼しているかの如く現象してしまうのは、「関係の絶対性」に由来します。口先では批判できても、社会体制として簡単には変えられません。僕の周囲を見る限り、こうした意識が拡がってきました。大衆の営みに学ぶべしという吉本さんの規範命題のエッセンスが、やっと実践的に学ばれてきています。必ずしも吉本さんを介した学びだとは言えませんが、吉本さんが先駆的におっしゃっていたことです。僕自身が読者だったから、よく分かります。

子宮回帰願望の如きロマン主義は、教会と世俗王権との癒着によって「父なる神」の如き超越的聖性を樹立することに歴史的に失敗したがゆえの「埋め合わせ」です。ロマン主義とはその程度のショボイ歴史的事情に由来するものである一方で、僕たちの実存を構成してしまうのです。

湯之上隆氏の話はJBpressの連載にもくわしく書かれているが、要は日本の半導体がだめになった原因は技術ではなく、無能な経営者だという話である。彼の「日本のDRAMは過剰品質だ」という批判はエルピーダなど最近の半導体については当てはまらないようだが、技術陣が既存技術の改良にこだわり、コスト削減を軽視する体質は、コンピュータや通信など他の分野でもよくみられる。

日本軍が艦隊決戦主義や三八式歩兵銃のような古い技術にこだわって失敗したことは、『失敗の本質』でも指摘されている。古い技術に習熟した技術者にとっては、新しい技術を一から勉強するより、既存技術を改良して変化に対応することが合理的だ。古い技術への投資はサンクコストとして無視できるので、改良のための追加的な投資だけでいいからだ。これは菊澤研宗氏のいうように「既存技術への投資がサンクコストになる」からではなく、それが無視できるからである。

古い技術の改良で対応することは、技術者にとっては合理的でも、全体としては非効率的な結果をもたらす。この場合には古い技術を捨てる経営者の決断が重要になるが、竹内氏もいうように日本の技術者の力量は高く、専門家集団の自律性やプライドが高い。このため経営者は技術を現場に丸投げしてその利益代表となり、役員会は利害調整の場になる。だから「技術者が優秀なのに経営者が無能」なのではなく、「技術者が優秀だから経営者が無能」になるのである。

熊谷  外資系投資銀行が、ハゲタカではなく、武器商人として降臨してきたのです(笑)。武器商人たちは和解を望みません。戦火の拡大と長期化を切に願い、大小様々な金融商品という武器をここぞとばかりに売りさばこうと、ライブドア、フジテレビの両陣営に群がってきたのです。特に米系の投資銀行は凄まじかったですよ。だから、和解交渉の場では「武器商人達の動きはどうですか?」なんて談笑していました。


藤沢  まあ、弁護士も投資銀行家も他人のケンカで飯を食ってる的なところはありますよね。金持ち同士の大げんかほど儲かるときはないし、ここでメンツの問題に関わってくるとさらにどかんと大儲けです(苦笑)。

 私は憤慨する。人をつかまえて便利だと、何さまのつもりだ、そのガイジン。広報担当は日本人だよと彼女はこたえて、笑う。スーツたちはね、私たちを行儀のいい狂人を見るような目で見ることがあるよ、価値の体系が違うから、同じ会社にいても、違う人種と思われている。私はときどき私たちが賢い猿で、彼らが熱心な猿回しであるように思うよ。

 ばかなこと言うんじゃありませんと私は言う。彼女はおもしろそうに私を見る。サヤカは猿はいやなの。断じて人間だからねと私は答える。冗談じゃない。彼女は少しずるそうな顔になって尋ねる。そこに猿回しと猿しかいないとしても?私は彼女を見る。彼女は言う。猿回しのお客さんは猿のところに来るんだよ。猿がいなくては猿回しは食べていかれない。